巻頭言 あかし・よういち 明石要一
千葉敬愛短大学長


「今の幸せ」を実現する学校教育へ

  これまでの学校教育は、「未来の幸せ」を見据えた教育に力点が置かれてきた。親も教師たちも、「今頑張れば将来の幸せが見えてくる」と言ってきた。ここでは「努力すれば何とかなる」「継続は力」「苦あれば楽ある」という言説が主流であった。未来に向かって獲得した学歴は社会へのパスポートとして考えられた。
 確かに、こうした学校観は明治からの日本の近代化を促進してきた。生き方は将来の姿を描くことに重点が置かれた。子供たちの「何のために勉強するのですか」という疑問に対して躊躇なく「将来の幸せ」の実現だと答えた。
 ところが、今、学校教育にほころびが生まれている。例えば、不登校の児童生徒が24万人に達している。遊び不足から体力の低下が叫ばれ、「だるまさんが転んだ」という遊びができない小学生が出現している。学校教育の中核をになう教師を志望する高校生が減ってきている。課題を挙げればきりがないほど山積している。
 学校教育のほころびを是正するには新たな発想が求められる。それは、「今の幸せ」を大切にする視点である。今風な言葉で表現すれば、Well-being(ウェル・ビーイング)となる。今の幸せを大切にすることは、子供一人一人の存在に着目しなければならない。なぜなら「幸せ」観はパッケージで捉えられないのである。ここから、「だれ一人取り残さない」という視点が生まれてくる。
 今の幸せを具体的なレベルで考えると、子供たちの「感動」体験を保障する、ことになる。もう少し詰めると、子供の五感に訴える体験の場を用意する。本物を「見る」(視覚)、「聞く」(聴覚)、「触る」(触覚)、「嗅ぐ」(嗅覚)、そして「食べる」(味覚)のである。脚本家の倉本聰氏は「今のテレビドラマは快感はあるが、感動はない」と言っている。本物であればリアリティがあり、人の心を揺らす。本物体験が記憶として心に刻まれる。
 それでは、「今の幸せ」を実現させるにはどうすればよいか。慶応大学の前野隆司教授は、この課題に答える方策として次の提案をしている。
@ 「やってみよう」(自己実現と成長)
A「ありがとう」(つながりと感謝)
B 「何とかなるさ」(前向きと楽観)
C 「ありのままに」(独立と自分らしさ)  
 このような視点はこれまでの学校教育の範疇に入ってこなかった。これから必要なことは、子供一人一人の生活をトータルに捉え、見守り、コーチングする、ことである。  

  (2022年12月号 no.385)